M&Aのクロージングとは?スキームごとの手続きや必要書類・契約書をわかりやすく解説
M&A契約と同時に行われる一連の手続きをクロージングと呼びます。
M&Aは、成長戦略の手段だと捉えると、契約で終わりではなくクロージングのプロセスも非常に重要であることが分かるでしょう。
クロージングで必要とされる業務は、用いられたM&Aの手法により様々です。
この記事では、M&Aの主な4手法のクロージング手続きをご紹介します。
この記事を読むことでM&Aにおけるクロージングへの理解が深まり、不安や疑問点が解消されることでしょう。
記事だけでは解決できない不安や疑問は、経験豊富なアドバイザーがご相談を承っております。
目次
M&Aにおけるクロージングとは?
M&Aにおけるクロージングとは、M&Aの取引が正式に完了し、最終譲渡契約に基づく所有権の移転が行われることを言います。
そのため、M&Aにおけるクロージングは最も重要なステップの1つだと言えるでしょう。
クロージングは、最終譲渡契約の内容により定められた条件に沿って行われます。最終譲渡契約には、表明および保証や制約事項のような条件が指定されており、クロージング時点でそれらの条件が履行されている必要があります。
M&Aは、交渉や取引が1年以上に及ぶこともあるような長期間の取り組みです。
クロージングは、その最後のステップに位置していることから、適切に実行されるように細心の注意が必要です。
M&Aにおいてクロージングが重要な理由
M&Aにおいてクロージングが重要なのは、M&Aの取り組みにおける最後のステップだからだけではありません。
主に以下の3つの理由でクロージングは非常に重要だと言えるでしょう。
法的所有権が正式に移転するから
クロージングの手続きを経ることによって、正式に法的所有権が移転するため非常に重要なステップだと言えるでしょう。
これにより、売り手は経営権を手放し、買い手は経営権を獲得することになります。
経済的な実態の変更が伴うから
クロージングを経ることで、売り手・買い手の双方に経済的な変化が発生します。
売り手の企業もしくは株主は譲渡対価の支払を受けます。
また、買い手は譲受した資産や対象物の会計処理が発生します。
経済的な変化が生じることにより、会計上の処理や税務面での義務が発生するため重要なステップと言えるでしょう。
ステークホルダーへの正式な通知が可能になるから
クロージングを経てM&Aのプロセスが完了することにより、各種ステークホルダーに対して正式な通知が可能になります。
譲渡対象に関わる従業員や取引先に通知することで、スムーズな事業体制の変更を実現できるでしょう。
また、特に上場企業の場合はM&Aの公表によって株価へのポジティブな影響も期待できるでしょう。
M&Aにおけるクロージングの注意点
ここまで見てきた通り、M&Aにおいてクロージングは重要なステップといえます。そのため、いくつかの点に注意しながら進めていく必要があります。
具体的な注意点について見ていきましょう。
最終譲渡契約の合意事項が守られているか
M&Aにおけるクロージングにおいては、最終譲渡契約で締結された合意事項が遵守されているかどうかに注意する必要があります。
通常、最終譲渡契約書には、表明・保証事項やキーマン条項と呼ばれる事項が記載されることが多いです。
クロージング時点でそれらの合意事項が正しく守られていることを確認しましょう。
デューデリジェンスで発見されたリスクが解消されているか
M&Aにおけるクロージングにおいては、デューデリジェンスにおいて発見され、買い手が指摘したリスクが解消されているかどうかに注意する必要があります。
例えば、従業員への未払い残業代の支払いなどが該当します。
手続きに必要な準備が整っているか
M&Aにおけるクロージングでは、クロージング手続きに際して必要な準備が整っているかに注意する必要があります。
クロージングに必要なものとして、実印押印済みの株式名簿の写しや株式譲渡承認申請書などが必要となります。
それらの資料をもとにクロージング手続きを進めるため、正式な書類が手元に揃っていることを確認しましょう。
M&Aにおけるクロージング条件とは
M&Aにおけるクロージング条件とは、クロージングを実行するために満たさなければならない特定の条件や要件のことを指します。
クロージング条件が満たされない場合はクロージングは実行されずM&Aの成約には至りません。
クロージング条件の例としては以下のようなものがあります。
表明・保証事項が正しいこと
表明・保証事項とは、M&A契約において、契約当事者が相手方に対して自社の現状や取引に関する重要な情報について正確であることを表明し、保証する条項です。
誓約事項の履行
誓約事項とは、M&A契約やその他のビジネス契約において、契約当事者が取引完了までの期間や取引後に遵守すべき約束や行動を定めた条項です。
例えば、重要な取引先との契約を維持することや事業用不動産のような重要な資産を処分しないことなどが該当します。
キーマン条項
キーマン条項とは、M&A契約やその他のビジネス契約において、特定の重要な人物が契約の履行期間中に会社を離れたり、業務に関与しなくなった場合に備えるための条項です。
最終譲渡契約において、対象となるキーマンを特定し、退職などにより離脱した場合の対処を定めます。
具体的なキーマンとして、CEOやCFO、役員や重要な技術者・営業部門トップなどが挙げられることが一般的です。
MAC条項
MAC条項とは、M&A契約において、取引が完了する前に対象会社の経営や財務状況に重大な悪化が発生した場合、買い手が契約を解除できるようにする条項です。
主に買い手側を保護する要素であり、契約後に予期せぬリスクが表面化することを防ぐ目的で設定されます。
実際の条文の中では、売上の大幅な減少、主要な取引先の離脱、大規模な訴訟の発生、重大な法令違反の発覚などの具体的な状況を定義することが一般的です。
株式譲渡の場合のクロージング
M&Aによる譲渡にはいくつかの手法があります。
中でも「株式譲渡」を用いた会社の譲渡は、手続きが簡便であることから、中小企業のM&Aで最も多く用いられます。
ここでは、株式譲渡を用いた際のクロージングの流れを解説します。
※株式譲渡によるM&Aでは、株式を100%譲渡することにより、会社全ての経営権を譲渡することができます。詳しくは以下の記事をご覧ください。
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譲渡承認請求
多くの中小企業では、自社株式に対して譲渡制限の設定が行われています。
こうした会社を「株式譲渡制限会社」と呼び、売手側がこれに当てはまる場合「譲渡承認請求」が必要です。
この請求を経て、取締役会や株主総会で譲渡承認が行われ、晴れてM&Aのクロージング手続きが可能となります。
クロージングに必要な書類提出
株式譲渡によるM&Aでは、売手側から買手側に対するクロージング書類の提出が義務付けられています。
この時、買手に提出する書類には、以下のようなものがあります。
代表的な書類 |
株主名簿 株式譲渡承認請求書と承認書 取締役会議事録 売主証明書 株主譲渡委任状 |
株主名簿
株主名簿は、その名の通りそれぞれの株主に関する基本情報を記載した帳簿のことを指します。
株主の人数や株券発行有無に関わらず、全ての株式会社が設立時に作成する書類の一つで、主な記載内容としては、以下の3点があります。
1.株主の氏名・名称及び住所
2.各株主の所有株式数と株式の種類
3.各株主の株式取得日
株式譲渡承認請求書と承認書
上述の通り、売手企業内では、株式譲渡の承認請求とそれに対する承認手続きが行われます。
こうした承認が正しく行われたことを示すため、この手続きに関係する書類も買手側に提出する必要があります。
取締役会議事録
これは、取締役会で討議された内容を記録した書類を指します。
会社法に基づき、作成が義務付けられています。
記載すべきとされる報告事項は、会社法施行規則101条3,4項に定められています。
代表的なものとしては、以下のような事項の記載が必要となっています。
議事録の基本的な記載内容
- 日時・場所
- 議事の経過の内容
- 監査役、会計参与等が取締役会において述べた発言
- 取締役会決議があった事項の内容
- 取締役会への報告を要しないとされた事項の内容
- 関係する/出席した取締役、執行役、会計、監査、株主、議長等の氏名など
これらは、書面もしくは電磁的記録を用いて作成しなければならず、保管期間は取締役会の日付より10年間とされています。
対価支払い
買手側が上記のクロージング書類を確認した上で、対価の支払いが行われます。
中小企業におけるM&Aでは、通常の株価算定方法とは異なる手法が用いられることがあります。
中小企業M&Aにおいて一般的に用いられる算定手法については、以下の記事で解説しています。
是非ご覧ください。
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株主名簿書き換え/印鑑・通帳の譲受
対価の支払いが正しく行われたことが確認されると、株主名簿の書き換えが行われます。
書き換えにより、経営権が正式に売手から買手に移ります。
同時に、会社の所有・使用している印鑑や通帳など、細かい物品についても、譲り渡しが行われます。
臨時株主総会・代表取締役の選任と登記
最終的に、買手企業において臨時の株主総会が開かれます。
ここでは、新たな役員の決定や、従来の経営陣に対する退職慰労金支給の決定がされます。
加えて、取締役会では、新たに会社を担うこととなる代表取締役の選任も行われます。
事業譲渡の場合のクロージング
「事業譲渡」を用いたM&Aも、中小企業における事業承継の方法として多く用いられるものの一つです。
株式譲渡では、会社全体の経営権の譲渡が行われますが、事業譲渡では、会社内の特定事業とそれに係る一定範囲のみを指定した譲渡が行われます。
事業譲渡のメリット・デメリットについては、以下の記事をご参照ください。
M&Aのクロージングとは?スキームごとの手続...
M&A契約と同時に行われる一連の手続きをクロージングと呼びます。 M&Aは、成長戦略の手段だと捉えると、契約で終わりではなくクロージングのプロセスも非常に重要であることが分かるでしょう。 クロージング…
ここでは、事業譲渡を用いた際のクロージングの流れを解説します。
特別決議
以下のような一定の条件に当てはまる場合、特別決議が必要です。
- 事業の全部を譲受する場合
- 事業の全部を譲渡する場合
- 事業の重要な一部を譲渡する(譲渡事業の価値が総資産のうち1/5以上を占める)場合
上のように、この決議は会社の経営を左右する事項の決定時に行われます。
買手側は事業の全てを買収する時に、売手側は事業の全てを売却する、もしくは事業の重要な一部を売却する際にこの決議が必要となります。
議決権の過半数を有する株主が出席することは普通決議と同様ですが、特別決議では、そうした出席株主のうち3分の2以上の賛成を得ることが必要となります。
資産・契約の個別合意
株式譲渡によるM&Aでは、M&A実行後、資産や契約の所有などあらゆるものが自動的に移転します。
これに対し事業譲渡によるM&Aでは、資産や契約は当事者の同意が形成されてはじめて移転します。
よって、事業譲渡においては、事業とそれに係る資産や契約などのうち譲渡する範囲はどこまでかを明確に定める必要があります。
組織再編(合併、分割、株式交換、株式移転)の場合のクロージング
株式譲渡や事業譲渡は、一般的には会社や事業を売買する目的で実行されます。
一方でM&Aには、グループ内再編や子会社化を目的とした「合併」「分割」「株式交換」「株式移転」などがあります。
会社の組織再編となるため、大企業が用いることの多いこれらの手法では、クロージングに比較的長い期間を要することがあります。
「会社分割・合併」と「株式交換・株式移転」に分けてクロージングの流れを解説します。
会社分割・合併におけるM&Aクロージング手続き~債権者保護手続き~
会社分割は、株式会社または合同会社が、事業全てもしくは一部を会社から切り離して他の会社に承継するM&A手法のことです。
対象となる事業を既存の会社に承継する場合を「吸収分割」、M&Aの為に新設された会社に承継する場合を「新設分割」といいます。
合併は、複数の会社を1つの会社に統合するM&A手法のことです。
既に存在する一つの会社がその他の会社の権利義務を引き継ぐ形を「吸収合併」、新設された会社が既存の会社全ての権利義務を引き継ぐ形を「新設合併」と呼びます。
会社分割・合併のどちらも、会社財産の変動や債務者の変更など、会社の中身をがらりと変えてしまうものです。
そのため、株主総会による特別決議や債権者保護手続きが必要となります。
会社内の変化は、ときに債権者の利害に大きな影響を及ぼします。
そこで重要となるのが、この「債権者保護手続き」です。
これにより、債権者に組織再編を行う旨が通知され、一定の期間(1か月)が債権者が異議を述べることのできる期間として確保されます。
債権者が異議を申し立てた場合、消滅会社は債権者に対する弁済もしくは担保を提供するなどの措置を取ります。
株式交換・株式移転におけるM&Aクロージング手続き
株式交換は、既存の会社同士が完全に親子会社関係になることを目的としたM&Aの手法です。
企業が事業拡大や新規事業参入をする際に用いられることがあります。
会社分割や合併と比べ、株式交換・移転におけるクロージングの手続きは簡便です。
株式交換・移転でも、会社分割・合併と同じく特別決議が必要とされますが、債権者保護手続きは特別決議が原則不要とされています。
これは、株式交換や移転を行う際、債権自体の内容に変更が加えられず、債権者が大きな損をする可能性が低いという理由からです。
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第三者割当増資の場合のクロージング
第三者割当増資は、一般的に未上場の中小企業が資金調達をする際によく用いられる手法です。
企業は、相手が既存株主であるか否かに関わらず特定の第三者に新株受取りの権利を与え、新株を実際に買い取ってもらうことにより、新たな資金を手にします。
株式譲渡とは異なり(全株式の譲渡ではないため)、経営権全てが第三者に渡るということはありませんが、買手側が売手側企業の経営に参画するケースが多いといわれています。
この手法を行う上で新株発行は不可欠です。
発行に際し、譲渡制限会社か公開会社かでは、必要な手続きが異なる場合があります。
譲渡制限会社が第三者割当増資を行う際のクロージング手続き
株式譲渡に制限を掛けている企業を譲渡制限会社と呼びます。
これらの会社が第三者割当増資を行う際には、株主総会の特別決議が必須となります。
中堅中小企業のほとんどはこの譲渡制限会社に当たるため、クロージング時に特別決議を執り行う必要があることを覚えておきましょう。
公開会社が第三者割当増資を行う際のクロージング手続き
譲渡制限会社に対し、株式の譲渡制限がない株式会社を公開会社と呼びます。
上場している公開会社の場合、クロージングを行うには取締役会の決議が必要となります。
しかしながら、新株発行・譲渡が有利発行であると判断された場合、特別決議が必要となります。
一般的に、
「著しく低い価格で新株付与が行われる」
「無償での譲渡が行われる」
これらの条件に当てはまる場合、有利発行だとみなされ、特別決議が必要となります。
M&Aにおけるクロージング手続きは非常に複雑
これまでお伝えした通り、M&Aのクロージングは、用いる手法や会社の形態により様々な手続きを要します。
M&Aで最終契約が締結できたとしても、そこからクロージング終了までの間にある程度の時間と労力が必要となりますので、最後まで気を抜かずにいることが大変重要です。
またM&Aナビは、売り手・買い手ともにM&Aにかかる手数料などを完全無料でご利用いただけます。買い手となりうる企業が数多く登録されており、成約までの期間が短いのも特徴です。ぜひご活用ください。
株式会社M&Aナビ 代表取締役社長。
大手ソフトウェアベンダー、M&Aナビの前身となるM&A仲介会社を経て2021年2月より現職。後継者不在による黒字廃業ゼロを目指し、全国の金融機関 を中心にM&A支援機関と提携しながら後継者不在問題の解決に取り組む。著書に『中小企業向け 会社を守る事業承継(アルク)』
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