【法改正対応】未払い残業代がM&Aに与える影響とは?
会社を売却するときに残業代の未払いがあると大きな問題になりがちです。
会社を経営するにあたって、正しく残業代を支払うことは当たり前の義務ですが、M&Aにおいてどういった影響があるのでしょうか。
労働者の残業については、2020年4月の法改正によって大きくルールが変わったため、すべての経営者は必ず頭に入れておきましょう。
この記事では、残業代の基本的な仕組みから法改正がM&Aに与える影響までをわかりやすく解説しています。
この記事を読むことで、未払い残業代の問題に関する不安が解消されることでしょう。
記事だけでは解決できない不安や疑問は、経験豊富なアドバイザーがご相談を承っております。
目次
残業代が発生する仕組み
残業代とは所定労働時間を超えて働いた労働者に対して支払われる対価のことです。
残業代について理解するための大前提として、労働時間とは何を指すのか覚えておきましょう。
労働時間には2種類ある
労働時間には、
- 労働基準法に定められている法定労働時間
- それぞれの会社が独自で定める所定労働時間
の2種類があります。
所定労働時間とは、就業規則や雇用契約書に記載する時間だと理解してください。
法定労働時間は、原則として1日8時間および週40時間と決まっており、会社はこの範囲内で所定労働時間を設定しなければなりません。
例えば、あなたの会社の始業時刻は9:00、休憩時間が12:00~13:00、終業時刻が17:30だとすると、所定労働時間は7:30となります。
この会社で、9:00に始業し18:00に終業した場合、いわゆる「残業」は30分になりますが、法律上の「時間外労働」は発生していません。
ただし、一般的に残業代は所定労働時間を基準にして計算されることが多く、会社としては30分超過した対価を支払うことになります。
労働時間の考え方
経営者の方であれば誰でも、できるだけ残業代を少なくしたいと考えることでしょう。
よく、「ダラダラ仕事をしているからいつまでも時間がかかり、残業代まで支払わなきゃいけない」と嘆く声をお聞きします。
もちろん、仕事をしているフリをして残業代目当てに遅くまで会社にいることは良くありませんし、働き方改革の観点からも是正するマネジメントが必要でしょう。
しかしながら、一度そういう癖や風土がついてしまうと簡単に変えられないのも現実です。
そして、国は労働時間について以下のとおり定めています。
「労働基準法上の労働者とは、使用者の指揮命令の下で働き、その報酬として賃金を受ける者のことで、職種は問わない。主に会社の指揮命令の下で働いているか否か(指示された仕事を拒否する自由があるか、時間を拘束され場所を指定されているか、他の者で代替できるか等々)、受け取る報酬が指揮命令の下で働いたことに対する報酬か否か(請負代金や成功報酬的なものとなっていないか等々)によって決まる」
もし仮に訴訟などに発展した場合、これらを客観的に証明する必要があります。
M&Aにおいて未払い残業リスクが残っていると、交渉に大きな影響を与えることがあるため、思い当たることがある方は早めに社労士などに相談することをおすすめします。
2020年4月からはじまった時間外労働の上限規制
2018年の通常国会で、働き方改革の一環として労働基準法が改正され時間外労働に上限が設けられることが決まりました。
先行して2019年4月から大企業に適用され、中小企業も2020年4月1日より適用対象となりました。
法改正のポイント
(出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」より)
まず、時間外労働(休日労働は含まず)の上限は原則として月45時間・年360時間となり、 臨時的な特別の事情がなければ、これを超えることはできなくなります。
臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、以下を守る必要があります。
- 時間外労働:年720時間以内
- 時間外労働+休日労働:月100時間未満、2~6ヶ月平均80時間以内
原則である月45時間を超えることができるのは年6ヶ月までとなっており、上限を超えた労働をさせると罰則が適用されます。
これまでの限度基準告示による上限は、罰則による強制力がなく、また特別条項を設けるこ とで上限無く時間外労働を行わせることが可能となっていました。
今回の改正によって、罰則付きの上限が法律に規定され、さらに、臨時的な特別な事情がある場合にも上回ることの できない上限が設けられます。
罰則は、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金と定められており、これまで以上に経営者は労働環境の整備および正しい運用に気をつかう必要があります。
ゆくゆく会社のM&Aでの売却を考えている経営者は必ず守ること
今すぐ売却を考えている方はもちろん、すぐに考えていない経営者も、この法改正には必ず対応することが重要です。
M&Aにおいて、買手はリスクを抱えている会社をもっとも嫌います。
買収後に事業が伸びるかどうかはさておき、法的リスクがある会社は売却交渉の土台にも乗れないことを頭に入れておくとよいでしょう。
2020年4月から未払い残業の請求期間が延長
2020年4月1日に労働基準法が改正され、未払い残業代の時効が2年から3年に延長されました。
債権時効に関する民法が大きく改正されたことが背景となっており、正確には民法に合わせて5年に延長されました。
ただ、いきなり+3年も延長すると中小企業の負担が大きいことから、当面は3年に落ち着きました。
法改正のポイント
1 賃金請求権の消滅時効期間の延長
賃金請求権の消滅時効期間が5年(これまでは2年)に延長されます。
ただし、当分の間はその期間が3年となります。
※退職金請求権(現行5年)などの消滅時効期間に変更はありません。
2 賃金台帳などの記録の保存期間の延長
賃金台帳などの記録の保存期間が5年に延長されます。
ただし、当分の間は その期間が3年になります。
※併せて、記録の保存期間の起算日が明確化されました。
3 付加金の請求期間の延長
付加金を請求できる期間が5年(これまでは2年)に延長されます。
ただし、当分の間はその期間が3年となります。
法改正が与えるM&Aへの影響とは
新たな時効期間は2020年4月1日以降に支払われるべき賃金から適用されるため、それ以前の賃金や残業代の請求時効は2年です。
2022年4月を過ぎると2年を超える残業代が請求されます。
そう考えると、3年分の未払い残業代を支払う義務が発生するタイミングは、2023年4月以降になるため、現時点ではあまり真剣に捉えていない経営者の方もいるかもしれません。
しかし、働き方改革の流れは止まることはなく、どんどん残業や長時間労働に対する世の中の考えは変化しています。
M&Aにおいては、しっかり労務管理をしているかどうかチェックされますし、そもそもサービス残業を見過ごしている会社ですと、売却交渉において極めて不利な立場に立たされます。
もし、心当たりがある方は、1日でも早く過去の残業代を清算するとともに、法規に沿った労務管理体制を構築されることをおすすめします。
未払い残業を放置するとどうなるのか?
未払い残業代を放置したままにすると、労働者から請求される可能性があります。
労働者から在職中に請求されることもありますが、多くの場合は気まずくなったり仕事しづらくなったりすることを避けるため、退職後に請求されるケースことが大半です。
本人から直接請求されることもあれば、労働基準監督署に申告されて調査が入ることもあります。
労働基準監督署は事実確認のため調査をおこなった結果、法令違反が見つかれば是正勧告書を、法令違反とまではいえないものの改善が必要だと認められれば指導票を交付します。
いずれにしても、未払い残業があるという事実が発覚した時点で、速やかに支払うことが重要です。
そして、残業代を支払わずに放置してしまった場合、通常支払うべき金額に延滞金を上乗せして支払わなければなりません。
未払い残業代に発生するペナルティ
債務不履行による遅延損害金・遅延利息
本来支払うべき金銭(残業代)を契約どおりに支払わなかった債務不履行に対して、一定の利息が請求されます。
在職中に請求される場合は遅延損害金、退職後の場合は遅延利息と呼ばれており、それぞれ計算に用いる率が異なります。
この利率に関しても2020年4月の法改正によって一部変更がありました。
在職中の場合
(2020年3月31日までの未払い残業代)
- 一般の会社に勤務していた場合、年6パーセント
- 病院や学校、NPO法人などに勤務していた場合、年5パーセント
(2020年4月1日以降の未払い残業代)
- 勤務先に関わらず年6パーセント
退職後の場合
- 年14.6パーセント
未払い残業代には付加金が発生する
遅延損害金に加えて、未払い残業代には付加金が課せられる可能性があります。
付加金は、労働基準法に基づいて裁判所が事業者に対して課すことができる罰金で、具体的には「本来支払うべき未払い残業代と同額」を支払うというものです。
つまり、付加金を命じられた場合には、最大で未払い残業代の2倍の金額を支払う必要があります。
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すでに未払い残業代がある場合の対処法
すでに未払い残業代があることを認識しており、労働者から請求を受けている状況では、どのように対処をしていくべきでしょうか。
売却を予定している会社や事業でこうした状況が発生すると、交渉において不利に働くことは言うまでもありません。
できる限り早く未払い残業代問題を解決させて、売却の段取りを進めていくことが望ましいでしょう。
M&Aにおけるデューデリジェンスで指摘されないよう改善策を講じる
また、なぜ未払い残業が発生してしまったのかを検証することも重要です。
労務に関する知識や認識が甘くうっかり支払いが漏れていたのか、意図的にサービス残業をさせていたのか、など、この機会にしっかり経営者としての認識を正すとともに、二度と同じことが起きないように改善策を講じなければなりません。
M&Aにおいては、交渉の最終段階でデューデリジェンスと呼ばれるチェックが入ります。
デューデリジェンスは買手が実施する作業で、買収先の企業にひそむリスクや実態を把握することで、最終的に買収すべきかどうかを決めるものです。
残業代が正しく支払われているかどうかについては間違いなく確認される項目ですので、買収交渉が始まるまでに解決させておくことは不可欠といえます。
ちなみに、こういう言い方はよくありませんが、仮に経営者が未払い残業があることを認識していなかったた場合、労働者や外部の専門家などから指摘を受けない限り実際の支払いが発生することはありません。
もちろん決算書のどこにも「実は支払っていない残業代があるので、将来余計にお金が減るかもしれません」なんてことは記載されていません。
M&Aの業界において、こういった目に見えないリスクのことを簿外債務と呼びます。
簿外債務にはさまざまなパターンがありますが、普段の経営をしている中ではなかなか意識しない内容ですので、売却を検討し始めたら、自社における隠れたリスクがほかにもないかどうか確認することをおすすめします。
なお、簿外債務について詳しく知りたい方は、こちらの記事を参考にしてください。
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未払い残業がM&Aに与える影響 まとめ
一言でまとめると、未払い残業がある状態で売却することは難しい、ということに尽きます。
交渉において極めて不利に働くだけでなく、労働者に正しく対価を支払っていない会社というマイナスイメージがつくため、成約に至らせることは非常に困難です。
ただし、しっかり対応しつつ改善策を講じていくことで、ちゃんと売却できる会社にすることも可能でしょう。
またM&Aナビは、売り手・買い手ともにM&Aにかかる手数料などを完全無料でご利用いただけます。買い手となりうる企業が数多く登録されており、成約までの期間が短いのも特徴です。ぜひご活用ください。
株式会社M&Aナビ 代表取締役社長。
大手ソフトウェアベンダー、M&Aナビの前身となるM&A仲介会社を経て2021年2月より現職。後継者不在による黒字廃業ゼロを目指し、全国の金融機関 を中心にM&A支援機関と提携しながら後継者不在問題の解決に取り組む。著書に『中小企業向け 会社を守る事業承継(アルク)』
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