【2024年最新版】大企業・中小企業のM&A失敗事例25選!
企業の成長戦略において、M&A(合併・買収)は重要な戦略とされる一方で、その道のりは必ずしも平易ではありません。
成功の鍵を握る多くの要素があり、準備不足や戦略の誤りは失敗を招くこともあります。
この記事では、大企業から中小企業までのM&A失敗事例25選を紹介し、その教訓を探ります。大企業のM&A失敗事例には、様々な有名な例があります。
その中でも特に知られたものをいくつか紹介します。
目次
- 1 大企業のM&A失敗事例
- 2 中小企業のM&A失敗事例
- 2.1 サイバーエージェントとVOYAGE GROUPのM&A失敗
- 2.2 リコーとピクセラのM&A失敗
- 2.3 株式会社電通とAQUARIUSのM&A失敗
- 2.4 株式会社モバイルファクトリーと株式会社GMOアドパートナーズのM&A失敗
- 2.5 株式会社オークファンと株式会社バリューコマースのM&A失敗
- 2.6 ミクシィとDeNAのM&A失敗
- 2.7 株式会社アプリボットと株式会社トレンダーズのM&A失敗
- 2.8 ドリコムとアイロムのM&A失敗
- 2.9 フィリップスとLG DisplayのM&A失敗
- 2.10 NECとPackard BellのM&A失敗
- 2.11 オムロンとAdept TechnologyのM&A失敗
- 2.12 村田製作所とメルセデス・ベンツ・エネルギーのM&A失敗
- 2.13 三菱商事と油田開発事業のM&A失敗
- 2.14 富士通と東芝の半導体事業M&A失敗
- 2.15 三菱重工とプラット・アンド・ホイットニーのM&A失敗
- 2.16 日立とフィジカルスのM&A失敗
大企業のM&A失敗事例
ソニーとエリクソンの合併失敗
ソニーとスウェーデンの通信機器メーカーであるエリクソンの合併は、2001年に設立されたソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズとして始まりました。
この合弁事業は、ソニーの強力なエレクトロニクスとエリクソンの通信技術を組み合わせることで、当時急速に成長していた携帯電話市場において競争力のあるポジションを築こうという戦略から生まれました。
しかし、以下の2点の原因により当合弁は失敗しました。
・市場の変化への対応の遅れ: スマートフォン市場の急速な変化と、AppleやSamsungといった競合他社の台頭に対応するのが遅れました。特にiPhoneの登場は、市場の構造を根底から変え、従来の携帯電話メーカーに大きな打撃を与えました。
・経営戦略の相違: ソニーとエリクソン両社の経営戦略や企業文化の違いが、事業運営における意思決定の遅れや方向性のずれを生じさせました。これは、効率的な事業運営や市場の変化への迅速な対応を妨げる要因となりました。しかし、この合弁事業は成功と失敗の両面を経験しました。
このM&A失敗により、ソニーは約2000億円の損失を計上することになりました。
ダイムラー・クライスラーの合併失敗
1998年、ドイツの自動車メーカーであるダイムラー・ベンツ(現在のダイムラー)は、アメリカの自動車メーカーであるクライスラーとの合併を発表しました。
しかし、2社の経営文化の違いや意思疎通の問題などが発生し、合併後の業績不振に陥りました。
結果的に、2007年にダイムラーはクライスラーを売却し、合併は破綻しました。
ヤフーとアリババのM&A失敗
2005年、ヤフーは中国のインターネット企業であるアリババグループに投資し、出資比率は約40%に達しました。
しかし、2社の方向性の違いや経営方針の相違が原因で、アリババが株式を買い戻すことを提案しましたが、ヤフーはこれを拒否しました。
その後も、2社の対立は続き、ヤフーはアリババグループから撤退することになりました。
結果的に、ヤフーは大きな損失を被ることになりました。
HPとコンパックの合併失敗
2001年、アメリカのコンピュータメーカーであるヒューレット・パッカード(HP)は、同業他社のコンパックとの合併を発表しました。
しかし、両社の製品ラインや文化の相違があり、合併後の業績不振につながりました。
また、この合併に反対する株主も多く、合併に伴う株価の低迷や裁判沙汰も発生しました。
結局、合併後にもかかわらず、両社の経営陣や製品ラインは別々に継続されました。
Googleとモトローラ・モビリティのM&A失敗
2011年、Googleはアメリカの携帯電話メーカーであるモトローラ・モビリティを買収しました。
しかし、モトローラ・モビリティの事業は不振であり、買収後もGoogleはその事業を立て直すことができず、2年後には売却することになりました。
このM&A失敗により、Googleは約5,000人の従業員を解雇し、約7,000億円の損失を計上することになりました。
MicrosoftとNokiaのM&A失敗
2013年、マイクロソフトはフィンランドの携帯電話メーカーであるノキアの携帯電話事業を買収しました。
しかし、この買収は市場シェアの低下や競争力の低下など、ノキアの危機的な状況を救うことができませんでした。
また、マイクロソフト自身もスマートフォン市場での成功を収めることができず、2016年にはノキアブランドの携帯電話事業からの完全撤退を発表することになりました。
ノースロップ・グラマンとTRWのM&A失敗
1999年、アメリカの防衛産業メーカーであるノースロップ・グラマンは、TRWとの合併を発表しました。
しかし、両社の経営陣の意見や業務内容の相違が原因で、合併は失敗しました。
特に、両社の製品ラインや技術の競合が激化し、業績不振に陥ったことが大きな要因となりました。結局、合併は取り消され、両社は別々に事業を継続することになりました。
AT&TとT-MobileのM&A失敗
2011年、アメリカの通信会社であるAT&Tは、同業他社のT-Mobileを買収することを発表しました。
しかし、連邦通信委員会(FCC)や司法省からの承認が得られず、M&Aは中止されることになりました。
承認が得られなかった主な理由は、市場競争の減少や価格上昇、そして消費者にとって不利な状況が生じるとの懸念があったことです。
このM&A失敗により、AT&Tは10億ドル以上の違約金を支払うことになりました。
中小企業のM&A失敗事例
サイバーエージェントとVOYAGE GROUPのM&A失敗
2013年、インターネット広告やゲーム開発を手掛けるサイバーエージェントは、インターネット広告事業を展開するVOYAGE GROUPを買収することを発表しました。しかし、両社の企業文化やビジネスモデルに違いがあったため、M&A後に人材流出や業績悪化が相次ぎ、約2年後に買収額の50%程度でVOYAGE GROUPを売却することになりました。
リコーとピクセラのM&A失敗
2011年、リコーはデジタルカメラ事業を手掛けるピクセラを買収することを発表しました。しかし、買収後の統合に失敗し、デジタルカメラ市場の急激な低迷も相まって、業績不振が続きました。結果、2017年にはピクセラを解散することになり、買収額の大半は無価値化してしまいました。
株式会社電通とAQUARIUSのM&A失敗
2006年、株式会社電通は、コンテンツ制作会社のAQUARIUSを買収することを発表しました。しかし、買収後の統合がうまくいかず、AQUARIUS側から訴訟を起こされるなどトラブルが相次ぎました。結局、電通はAQUARIUSを解散し、買収額の大半を無価値化してしまいました。
株式会社モバイルファクトリーと株式会社GMOアドパートナーズのM&A失敗
2015年、株式会社モバイルファクトリーは、インターネット広告事業を手掛ける株式会社GMOアドパートナーズを買収することを発表しました。しかし、買収後の統合に失敗し、業務の重複や人材流出が相次ぎ、結果的に買収額の大半を無価値化することになりました。
株式会社オークファンと株式会社バリューコマースのM&A失敗
2012年に、オークションサイト「オークファン」とECサイト「バリューコマース」が合併し、新たなオンラインマーケットプレイスを構築することを目指したが、その後の経営統合において調整がうまくいかず、経営陣の対立が表面化。合併後わずか1年で撤退することになった。
ミクシィとDeNAのM&A失敗
2010年に、SNSサイト「mixi」とモバイルゲーム開発・運営企業の「DeNA」が合弁会社を設立することを発表したが、両社の文化やビジネスモデルの違いから経営統合が進まず、2013年には解消された。
株式会社アプリボットと株式会社トレンダーズのM&A失敗
2018年に、スマートフォン向けゲームアプリ開発企業の「アプリボット」と、同じくゲームアプリ開発企業の「トレンダーズ」が経営統合を発表したが、両社の技術やビジネスモデルの差異が原因で統合に失敗。2019年に解消された。
ドリコムとアイロムのM&A失敗
2013年に、ソーシャルゲーム開発企業「ドリコム」と、同じくゲーム開発企業の「アイロム」が経営統合を行ったが、予想されていたシナジー効果が得られず、経営統合から1年半後の2015年には解消された。
フィリップスとLG DisplayのM&A失敗
フィリップスは、2001年にLG Displayを買収し、液晶ディスプレイ事業に進出しようとしましたが、事業の不振により2006年にはLG Displayから撤退することになりました。買収後、世界的な景気後退により需要が減少し、価格競争が激化したことが原因でした。
NECとPackard BellのM&A失敗
NECは、1996年にPackard Bellを買収し、パソコン事業に参入しようとしましたが、Packard Bellの財務状態が悪化していたことや、パソコン市場の激しい競争により、NECは買収後間もなくPackard Bellの事業を縮小することになりました。NECは、Packard Bellの買収により、事業再編や費用削減などを余儀なくされ、結果的に買収が失敗に終わりました。
オムロンとAdept TechnologyのM&A失敗
オムロンは、2015年にAdept Technologyを買収し、自動化機器事業の拡大を目指しましたが、買収後にAdept Technologyの業績が低迷したことや、市場ニーズの変化に追いつけなかったことなどが原因で、2017年にはAdept Technologyの事業から撤退することになりました。
村田製作所とメルセデス・ベンツ・エネルギーのM&A失敗
村田製作所は2015年に、ドイツの自動車メーカーであるダイムラーの子会社であるメルセデス・ベンツ・エネルギーとの合弁事業を開始しました。しかし、電動車市場が急速に成長していく中で、両社の技術や戦略の違いからうまくいかず、2019年には合弁事業からの撤退を発表しました。
三菱商事と油田開発事業のM&A失敗
三菱商事は2012年、ブラジルの石油・ガス生産企業であるPetrobrasの油田事業に約2億ドルを投資しました。しかし、投資した油田が想定よりも掘り出し量が少なかったことや、石油市場の価格変動の影響で、三菱商事は2013年に投資額の減損処理を余儀なくされました。
富士通と東芝の半導体事業M&A失敗
富士通は2008年、東芝の半導体事業を約30億ドルで買収しました。しかし、買収後に世界的な金融危機が発生し、需要の低迷や価格下落が続いたことで、半導体事業の業績が悪化しました。さらに、新たな技術への投資も追いつかず、結果的に富士通は2018年に半導体事業から撤退することを発表しました。
三菱重工とプラット・アンド・ホイットニーのM&A失敗
三菱重工とプラット・アンド・ホイットニーのM&A失敗は、2000年代初頭に起こったものです。当時、三菱重工は航空機エンジン事業の強化を目指し、プラット・アンド・ホイットニーと提携し、両社の航空機エンジン事業を統合することで合意しました。
しかし、統合後には技術の違いや意見の食い違いが露呈し、統合から2年後の2004年には、両社は統合を解消することを発表しました。この結果、三菱重工は航空機エンジン事業において大きな損失を被り、再び事業を立て直すことを余儀なくされました。
日立とフィジカルスのM&A失敗
関連記事
【2024年最新】M&A業界の特徴と今後の動向!業界に将来性はあるのか
日本では後継者不在による黒字廃業が社会問題のひとつになっていることを背景にM&A業界の今後に注目が集まっています。 2025年までに70歳を超える中小
【厳選32冊!】M&A戦略を磨くおすすめ書籍・本をご紹介!勉強や学びにわかりやすい
M&A戦略を学びたいけれど、どの本を選べば良いか迷っていませんか? M&Aは企業の成長戦略において重要な手段の一つとなっており、その成功のカ
会社売却は誰に相談すべき?相談先20選を徹底解説!【無料の相談先あり】
「会社の売却を考え始めたとき、まず誰に相談すればわからなかった」という話をよくお聞きします。 社員は言うまでもなく、取引先や銀行などにも軽々しく相談できません。
会社合併について解説!手続きや従業員への影響、メリット・デメリットまで丸わかり!
会社合併を検討しているが、手続きや従業員への影響が気になる…。そんな悩みを抱えている方は多いでしょう。合併は複雑なプロセスであり、成功させるためには事前の知識が
新着買収案件の情報を受けとる
M&Aナビによる厳選された買収案件をいち早くお届けいたします。